ほめゲームに勝ち負けをつけない理由。

ほめゲームを作成するにあたって、褒める実践を行うために、ゲーム化しようというアイディアを思いついた。

じゃあ一体どういったゲームにすると、褒めるトレーニングや体験量を増やすこと、できるだけリアルに近く行っていけるのか?

様々な可能性を考えました。


ポイント制にするとか、こうなったら勝ちにするなどのことも当然のように考えました。褒めて相手がうれしかったら1ポイント、8ポイントゲットで勝利!そんな感じですね。

ですが、最終的な結論として、


勝ち負けをつけない。

ということに至りました。


なぜ勝ち負けをつけないかというと、主な理由は2点です。


1つ目、

褒めることに対して、目的や狙いをつけてしまい、それが相手に透けてしまうとまずいということです。


例えば子供に勉強をさせたいがために、褒める。

相手に気づかれないうちは良いですが、もしも子供に、「勉強させるためだな」と思われてしまったらいかがでしょうか?

一気にほめ言葉の効果はマイナスのモノになってしまいませんか?

「はいはい、どうせ勉強させたいからでしょ?」こうなります。

ほめ言葉、またその他コミュニケーションテクニックは相手への意図が透けてしまうと、途端に冷めてしまうという危険性もあるのです。

例えば、知人が語っていたことですが、コミュニケーションテクニックとしての、「オウム返し」や「ミラーリング」などをされているのがバレバレだと、まー不快になるねと。


褒める練習をするときに、できるだけ良いほめ言葉を投げかけられるように、できるだけ良いほめ言葉を受けとれるようにしたいと考えています。

ゲームのお題を与えられた時に、その人が心から良いなと思えた部分を口に出せるようにする、そんな環境があればよりよいと思っているのです。できるだけゲームで質の高い褒められ体験、ほめ体験を積みたいのです。

そこでゲームの中で練習するとはいえ、勝ち負けを目指し、勝ちたいがために褒めようとする。

それはより良いほめ体験につながるのだろうか?と。

勝ちたいがために、よい褒め言葉をかけようとする、それによってモチベーションが上がる、このことは確かに否定しません。

しかし、それはゲームの中で体験量を増やすとはいえ、打算的なある意味危険なほめ言葉が飛び交う場になってしまうのではないか?そういった危惧を抱いてしまったのですね。

打算的なほめ言葉を練習する機会が増え、それを口に出せるようになった人はやはり、打算的なほめ言葉を発してしまわないか?

当然、ゲームでの勝敗を楽しむことと、褒める事をきっちり切り分けて褒められる人もいるでしょうが、勝ちを得るために、心に思ってもいないほめ言葉を発してしまうということは起こりうるのではないかと。

そんな恐れがあったために、勝ち負けをつけるのはやめておいたほうが良いのではないか。


2つ目は、

シンプルなルールにすることが出来る。


勝敗などのポイントが付かないことでルールが本当にシンプルになります。

ポイントをあげるためのチップを渡したり、何かコマを動かすなどの手間も省けます。

ただ純粋に話をし、褒めて、褒められるそんな場が作られたほうが良いと考えました。

また、この褒めゲームをツールとして位置付けているので、よりシンプルなほうがゲームを行う人の改良や工夫の余地が残っていると考えています。

自分自身でもセミナーやワークショップを開催していたので、そういったったワークや実践の組み立てがどれほど大変なことなのか理解しています。ほめゲームはセミナー開催者さんのセミナーの一部で活用してくださってよいのです。

となると、ガチガチにルールを固めていくよりも、シンプルにそぎ落としたほうが、柔軟に使い方を工夫しやすくなりますよね。

これらの理由により、勝ち負けはつけなくていい!そんな結論を出しました。

勝ち負けにこだわるのではなく、語られている人の話を聞き、自分だったらこう褒める、今の着眼点は面白いな、そんなことを考えながら楽しんでほしいのです。


ゲームとは呼べない??


ひょっとしたら、勝ち負けはつけないし「ゲーム」と呼べないのでは?と感じられるかもしれません。

一般的なゲームに必須の要素、「勝敗」はないので、狭い意味でのゲームという定義には当てはまらないでしょうね。

しかし、ほめゲームはゲームと名付けてはいますが、ゲーム的な楽しみ方をする中で褒める褒められる体験を増やしましょうという意味での「ゲーム」です。

まあ、そこらへんは大目にみてくださいませ。



勝ち負けをつけるゲームを否定したいわけではありません。


褒めることに勝ち負けをつけるゲームを否定したいのではなく、一芽として活動する中でのスタンスから、勝ち負けは不要という結論を出したということだけです。

私自身は、褒めることを行えるゲームが増えることは歓迎です。

たとえ勝ち負けをつけるゲームであっても、、、類似するゲームであったとしても、、、です。

褒める、褒められるの絶対量を増やすことがその目的にあるので、そういったゲームが生まれることで褒めの量が増えます。

ならばむしろ歓迎というわけです。

スポーツで例えるならば、サッカーがうまくなってプロになるということではなく、サッカー人口を増やすために、サッカーボールを作ったり、サッカー動画やサッカートークをするっていう感覚ですねww


というか、類似ゲームが増えてくることは製作段階で想定済みです。

類似のゲームが出てきたとしても「ほめゲーム」を購入していただく意義や理由が存在すれば何も問題はないと思っております。

障害者施設での製作を行って、障害者支援につながることや、

ライセンスビジネスにはしない、自由にツールとして活用してよい。

そういったこと。


ほめゲームに勝ち負けをつけない理由をまとめると、、、


ほめゲームに勝ち負けをつけないのは、

打算と目論見からいったん離れて、純粋な褒める褒められる体験を積みたい。人の話を聞き、観察し、褒めることに集中してもらうため。

よりシンプルにすることで手間を減らし、ゲーム会開催者さんの使い方などの工夫の余地を残しておくこと。

これも結局は、人の話を聞き、観察し、褒めることに集中してもらうためとも言えますね。


以上が理由です。

一芽(ひとつめ) ~ ほめゲーム、演劇の新神などゲーム製作

カードゲーム製作と販売をしています。 「ほめゲーム」製作以後、アナログゲーム(非電源ゲーム)の持つ教育的側面(特に対人関係)に注目し、カードゲームの製作を始めました。遊びと学びの交点となる場作りにカードゲームは有効です。 ゲーム製作の進捗やゲームへの感想などを主に。